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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4378号 判決 1985年3月01日

原告 華岡政雄

右訴訟代理人弁護士 赤沢敬之

右同 河村利行

右同 三木俊博

被告 藤川勝二

右訴訟代理人弁護士 加藤正次

右同 吉川正昭

右同 坂本文正

被告 福山建設株式会社

右代表者代表取締役 福山雄二

右訴訟代理人弁護士 大塚忠重

右同 大石一二

右訴訟復代理人弁護士 木村眞敏

主文

一  被告藤川勝二は、原告に対し、金一一三万一〇六二円および内金一〇三万一〇六二円に対する昭和五三年二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告藤川勝二に対するその余の請求並びに被告福山建設株式会社に対する請求はいずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用中、原告の被告藤川勝二との間に生じた分はこれを六分し、その五を原告の、その余を被告藤川勝二の、原告と被告福山建設株式会社との間に生じた分は原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金六一四万八八〇〇円および内金五六四万八八〇〇円に対する昭和五三年二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五三年二月二二日午後三時ころ、大阪府箕面市生間谷一七八八番地の建売住宅建築工事現場において、敷地外周のブロック塀の目地作業に従事中、同敷地内に建築中の建物(以下、「本件建物」という。)の外壁に立て掛けてあった鉄製角パイプ(以下、「本件角パイプ」という。)が突然倒れてきて原告の後頭部に激突したため、その衝撃で前頭部を右ブロック塀に強く打ちつけるという事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

2  原告は、本件事故により頭部打撲、頸椎捻挫、上眼瞼挫創の傷害を受け、右傷害は、昭和五五年五月二四日に外傷性頸部症候群等の治癒の見込みのない後遺症を残して症状が固定した。

(本件事故の原因)

3(一)  本件角パイプは鉄製で、長さは約二・六メートル、切り口の断面は縦約四センチメートル、横約七センチメートルの細長い形状のものであり、重量は約七・六キログラムで、中は空洞となっているところ、右角パイプは、本件事故発生直前に、訴外藤川博雄(以下、「博雄」という。)が本件建物の外壁に立て掛けておいたものである。

(二) ところで、博雄が本件角パイプを立て掛けた地点は狭い通路部分であって、人が通れば接触しやすい場所であり、しかも、これを立て掛けた部位(パイプの上部が建物と接触する部位)は、本件建物の外壁の滑りやすい状態の場所(仮に、右外壁の窓開口部に既にアルミ製面格子が取り付けてあったものとすれば、その格子上端部分)であり、また、パイプの下部が地面に接する部分も単に地上に置かれただけで、これを地面に差し込むようなことはされていなかった。

(三) 博雄は、本件角パイプを本件建物の外壁に立て掛けた際、立て掛け地点のすぐそばのブロック塀に取り付いて原告が目地作業をしていることを現認していたものであるところ、本件角パイプがその形状からして、これを建物等に立て掛けた場合、わずかの衝撃によっても倒れやすいものであることは誰にでもわかることであるから、博雄としては、右のような場所においてこれを立て掛けるにあたっては、右パイプが右作業中の者に倒れかかることがないよう、立て掛ける部位や方法について十分気を配り、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったにもかかわらず、右のごとくすべりやすい部位に、なんらの転倒防止措置をも講ずることなく安易に立て掛けたものであるから、博雄には、右注意義務を怠った過失がある。

(被告藤川の責任)

4  博雄は、建築請負業を営む被告藤川勝二(以下、「藤川」という。)の被用者であり、被告藤川が被告福山建設株式会社から請負った本件建物へのサンデッキの取付工事の作業中に、右のごとくその工事資材である本件角パイプを本件建物に立て掛けたものであるから、被告藤川は、民法七一五条により本件事故によって発生した損害の賠償責任を負うものである。

(被告福山建設の責任)

5  被告福山建設株式会社(以下、「福山建設」という。)は建築業を営むものであるところ、本件建物のサンデッキ取付工事を被告藤川に注文するとともに、右工事現場に「現場主任」と称する自社従業員を派遣していたものであるが、右「現場主任」は、被告藤川の現場責任者と工程・工事内容について綿密な打合せをし、現場で材料の寸法、取付位置、取付方法の変更等について指示を与え、また、資材の搬入時期・置場についても打合せをするなどしていたのであるから、被告福山建設も、被告藤川を通じて博雄に対し実質的な指揮監督権を行使していたものというべきであり、したがって、被告福山建設もまた、博雄の「使用者」として右損害の賠償義務を負うものである。

(損害)

6  本件事故により、原告は以下の損害を被った。

(一) 休業損害 金四四二万八〇〇〇円

原告は、尾崎造園こと尾崎清に雇傭され、ブロック積工事等の作業に従事していた者であるが、本件事故による受傷の結果、事故後二七か月間にわたって休業のやむなきに至り、その間の賃金を得ることができなくなった。しかして、本件事故前三か月の原告の平均賃金月額は一六万四〇〇〇円であるから、右休業により原告がこうむった損害は、その間の賃金相当額四四二万八〇〇〇円である。

(二) 後遺症による逸失利益 一三七万七六〇〇円

原告は、前記後遺症により労働能力を一四パーセント喪失するにいたったものであり、その結果、右後遺症がなければ取得しえたはずの収入の一四パーセントを失うこととなったものであるから、症状が固定した昭和五五年二月二四日から五年間の分として、次の計算式のとおり、金一三七万七六〇〇円の得べかりし収入を喪失したものである。

164000×0.14×12×5=1377600

(三) 慰藉料 二五〇万円

原告は本件事故により前記のごとき傷害を受けて治療のため通院し、また、治癒する見込のない後遺症まで残す結果となったものであり、これにより深甚な肉体的精神的苦痛を受けたものであって、これを慰藉すべき慰藉料の額としては二五〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、被告らが任意に賠償義務を履行しないので、やむなく原告訴訟代理人らに本訴の提起・追行を委任し、その費用・報酬の支払を約したが、その弁護士費用のうち、本件事故と相当因果関係に立つ損害の額は金五〇万円である。

(五) 損害の填補

原告は、本件事故によってこうむった損害の填補として、労働者災害補償保険法に基づき事故後二七か月間の休業補償金二六五万六八〇〇円の給付を受け、また、同法に基づき障害補償一時金九九万二八〇二円の給付を受けた。

よって、原告は被告らに対し、本件事故による損害賠償として各自金六一四万八八〇〇円及び内金五六四万八八〇〇円に対する本件事故の日である昭和五三年二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告藤川)

1 請求原因1の事実のうち、原告主張の日時・場所において、本件角パイプが倒れたことは認めるが、それが原告の後頭部に当たり、その衝撃で原告がブロック塀に前頭部を強く打ちつけたことは否認する。原告は、当時、積み重ねたブロックとブロックとの間のすき間(横溝)にセメントを横にこすりつけて仕上げる目地作業に従事していたものであるが、本件角パイプが倒れたときには、人間の習性として顔も当然横溝に平行になっていたはずであり、原告の作業状態からすると、左顔部及び左首筋を上に向けて作業していたはずである。従って、後頭部に本件角パイプが当たるようなことはありえず、また、左顔部を上にして作業していた以上、ブロックの上部に顔が当たれば、負傷するのは右顔部であるはずであり、前頭部ということはありえない。のみならず、実際にブロックに顔が当たったのであれば、とても原告主張の程度の負傷では済まなかったはずである。

2 同2の事実は否認する。原告が後遺症といっている症状は、実は、頸椎写C6/7の狭窄、C6骨棘形成という加齢による生理的変化を原因として発生しているものであって、本件事故による後遺症ではない。

3 同3(一)の各事実は認めるが、(二)、(三)の事実関係は否認する。

博雄は、本件角パイプの下部をただ地上に置いただけではないのであって、掘り返して柔かくなっていた土の中に約二〇センチメートルパイプの下部を埋め込み、更にその上部も、本件建物の外壁にそのままもたせかけたわけではなく、その外壁の窓の部分に既に設置してあったアルミ製の面格子の格子と格子との間にはさむようにしてもたせかけたものである。すなわち、博雄としては、本件角パイプが簡単には倒れないよう十分配慮し、相当な措置をとってこれを立て掛けたものであるから、同人になんら過失はないというべきである。

(被告藤川の右3の主張に対する原告の認否)

否認する。本件角パイプが立て掛けてあった付近の地面には木切れ等の破片が多数散乱していたので、その土中に角パイプの下部を約二〇センチメートルも差し込むことはきわめて困難な状況にあった。また、本件事故当時、被告の主張する窓の面格子はまだ取り付けられていなかったものである。

4 同4の各事実は認めるが、同6の事実は否認する。

(被告福山建設)

1 請求原因1、2、3、6の各事実はいずれも知らない。

2 請求原因5の事実のうち、被告福山建設が被告藤川に対し本件建物のサンデッキ取付工事を発注したこと、及び被告福山建設が右工事現場に「現場主任」として同社の従業員を派遣していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

「現場主任」の役割は、工事内容が契約書や図面どおり施行されているか否かを管理することのみであり、工事の進行について具体的方針を立て、工事現場の安全を管理し、職人を指揮・監督するのは、被告福山建設からの注文を受け各下請の業者(被告藤川がこれに当たる)が現場に責任者として派遣している現場責任者である。図面や見積金額の変更等の問題が生じた場合、被告福山建設の「現場主任」と下請業者の右現場責任者とが打合せをすることがあるが、それも、右のごとく工事内容が契約書や図面に適合しているかどうかを管理するためになされるものにすぎない。したがって、被告福山建設が被告藤川の被用者である博雄に対し実質的な指揮監督権を行使したようなことは全くない。

三  抗弁

(被告藤川)

被告藤川は、昭和五三年三月一六、七日ころ、原告との間で、被告藤川が原告に対し金五万円を支払うことにより原告は本件事故に基づく損害賠償請求権を放棄し、もって当事者間の紛争を円満解決する旨の合意をし、そのころ被告藤川から原告に金五万円を支払ったので、これによって被告藤川に対する本件損害賠償請求権は消滅するにいたったものである。

(被告福山建設)

(消滅時効)

1 原告は、本件事故が発生した昭和五三年二月二二日当日又はその直後に本件事故による損害及びその加害者を知ったものである(後遺症による損害についても、症状が完全に固定した時点ではなく、社会通念上損害額を算定しえる程度に症状が固定したときに損害を知ったものというべきである。)ところ、その時点からすでに三年が経過しているので、昭和五六年二月二三日、遅くともその直後ころ、本件損害賠償請求権は時効によって消滅するにいたったものである。

2 被告福山建設は、本訴において右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  被告藤川の抗弁事実は否認する。原告は本件事故後、被告藤川から破損した眼鏡代として金三万円を、見舞金として金五万円を受け取ったことはあるが、同被告主張のような合意をした事実はない。

2  被告福山建設の抗弁1の事実は否認する。本件休業損害は、月々得られたはずの収入が得られなかった各時点ごとに継続的に発生するものであるから、被害者である原告が損害を知ったのは、事故当日ではなく、各月の収入が得られないことに確定した各時点においてである。また、後遺症による損害は、症状固定によってはじめて顕在化するものであるから、原告が右損害を知ったのは、前記症状固定の日、すなわち昭和五五年五月二四日である。さらに、慰藉料も、症状固定により初めてその算定が可能になるものであるから、原告が本件事故による肉体的精神的損害を知ったのも、同じく昭和五五年五月二四日である。このほか、被告福山建設が博雄を実質的に指揮・監督していた者として、本件事故について民法七一五条に基づく責任を負うべきことを知ったのは、昭和五六年になってからのことである。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因1の事実を認めることができ(右事実中、請求原因1記載の日時、場所において、本件角パイプが倒れたことについては、原告と被告藤川との間では争いがない。)(る。)《証拠判断省略》

二  《証拠省略》によれば、原告は本件事故により、頭部打撲、頸椎捻挫、上眼瞼挫創の各傷害を受けたところ、右傷害は、昭和五五年五月二四日までに一応治癒したが、事故直後から断続的に続いていた右頭部痛、右側頸部痛、右方への頸部運動上の支障等の自覚症状はその後も依然としておさまらず、十分な治療を続けてもそれ以上軽快しない状態となっていること、原告の治療を担当した医師により、右の状態は「外傷性頸部症候群等」にあたると診断されたことが認められるのであって、これらの事実によれば、原告の右症状は本件事故に基因するものと認めるのが相当である。

この点につき、被告藤川は、右のごとき症状は、頸椎の老化に伴う骨棘形成、椎間孔の狭窄に基づくものであって、本件事故に基因するものではないと争っているところ、《証拠省略》によれば、一般に頸椎の老化、退行変性に基づいて、多くは下位三椎に、椎間腔の狭窄を生じ、また、椎体辺縁に骨棘が形成されることがあり、それによって頸部等の疼痛、運動制限等の症状が生じること、右のような頸椎の老化、退行変性による症状は、中年以降の男性に比較的多くみられるものであること、原告は昭和一〇年九月八日生れで、本件事故当時四二歳であったところ、本件事故前から、原告の頸椎C6には骨棘形成がみられ、また、頸椎C6、C7間に狭窄が生じていたことが認められるけれども、《証拠省略》によれば、原告の右骨棘は頸椎間孔の半分以下の程度にしか発達していない比較的軽度のものであること(三分の二を超えると神経を圧迫して症状があらわれる)、本件事故直後多発していた症状が治療とともに限局されてきたことがそれぞれ認められるのであって、これらの点からすれば、右認定のごとき事実があるからといって、原告の前記症状(外傷性頸部症候群等)が本件事故に基因するものであるとの認定が妨げられるものではなく、しかも、その他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  次に博雄の過失の有無について判断する。

1  本件角パイプが鉄製で、長さは約二・六メートル、切り口の断面は縦約四センチメートル・横約七センチメートルの細長い形状であり、重量約七・六キログラム、中が空洞となっていたことは、原告と被告藤川との間においては争いがなく、被告福山建設においてもこれを明らかに争わないところ、《証拠省略》によれば、博雄は本件事故発生の直前に、本件角パイプを本件建物東側の外壁に立て掛けたことが認められる(右事実は、原告と被告藤川との間においては争いがない。)。

2  そこで、博雄が本件角パイプを立て掛けた際の、立て掛けた位置・方法並びに周囲の状況等について検討するに《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故発生当時、本件建物の東隣りに同時に建築中の建物は既にほぼ完成しており、博雄が本件角パイプを立て掛けた本件建物の東側の外壁と右隣地上の建物の西側の外壁との間隔は約九六センチメートルしかなく、そのため本件角パイプは、右約九六センチメートル幅の土地をほぼ塞ぐような形で立て掛けられた。

(二)  博雄が本件角パイプを立て掛けた際、原告は、その場所から北側へ約二メートル離れた場所に築造中の高さ約一・二メートルのブロック塀(本件建物の敷地の周縁を区切る塀)の側面に向って敷地の内側から向き合うような姿勢で、各ブロックとブロックとの間の溝(すき間)にセメントをつめ、それを上から鉄製の道具で磨き上げる作業(目地作業)に従事していたものであって、博雄が本件角パイプを立て掛けた位置と原告の作業していた位置との関係からみて、原告がすぐ近くで作業中であることは博雄においても容易に認識しうる状況にあった。

(三)  博雄は、本件事故発生の直前、被告藤川の従業員として、他の二人の従業員とともに本件建物の二階の窓の外側にサンデッキを取り付ける工事に従事していたものであるところ、本件角パイプは右サンデッキの部品であって、これを二、三人がかりで地上から二階の作業位置まで運び上げるため、博雄が地上から二階へこれを受け渡す手筈であったが、二階にいる従業員がなかなか受取りに現われないので、しびれを切らして本件角パイプを暫時その場に立て掛け、急いで二階の様子を見に上って行った。

(四)  本件角パイプが右立掛位置から北側に向って倒れ、これがそのすぐそばで作業中の原告の後頭部に当たったのは、博雄が右のような事情で本件建物の二階へ上って行った直後のことである。

3  ところで、被告藤川は、博雄は本件角パイプが簡単には倒れないよう十分配慮し、相当な措置をとって立て掛けたものであると主張するので、この点について検討するに、被告藤川博雄の証言中に、右角パイプを立て掛ける際、その下部約二〇センチメートルを土中に埋め込んだ旨の供述があるけれども、証人小林良雄の証言によれば、当時右立掛位置の地面には、工事の廃材の破片や瓦の破片などが散乱しており、それほど容易にパイプを埋め込むことができるような状況にはなかったことが認められるとともに、博雄が右パイプをその場に立て掛けるようになったのは前認定のような経緯からであって、これらの事情に照らし考えると、右供述部分はにわかに措信することはできないといわざるを得ず、他に右のごとき事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに、右証言中に、博雄が本件角パイプを本件建物の外壁にそのままもたせかけたわけでなく、その外壁の窓の部分に既に設置してあったアルミ製の面格子と格子との間にはさむようにして立て掛けたものである旨の供述部分があり、《証拠省略》によれば、当時既に面格子が取り付けられていたかのごとくうかがわれないではないが、一方、証人小林良雄及び原告本人はいずれも、そのような面格子は未だ取り付けられていなかった旨供述しているのであって、しかも相反するいずれの供述もその決め手を欠き、いわば水掛論のままで終っているので、ただちに証人藤川博雄の右供述部分を採用して右のごとき事実を認定するのは困難である。のみならず、かりに当時すでにアルミ製の面格子が取り付けられていたとしても、博雄が右パイプを立て掛けた直後に現実にこれが倒れていることは前記のとおりであり、しかも、何びとかがこれを人為的に転倒させたことをうかがわせるような情況は全く認められないのであって、このことから考えると、博雄としては右のごとく慎重な仕方ではなく、わずかの衝撃によっても容易に倒れてしまうようなずさんな方法でこれを立て掛けたものと推認するよりほかはない。

以上のほか、博雄が本件角パイプを簡単には倒れないよう十分配慮し、相当な措置をとって立て掛けたものであることを肯認すべき証拠は見当らない。

4  以上に認定した事実関係を前提として博雄の過失の有無について考えるに、本件角パイプはその形状からしてこれを立て掛けた場合には倒れやすいものであり、また、その材質・重量等から、これが倒れる際人体に当ればかなりの傷害を負わせる結果になることは見易い道理であるというべきところ、博雄が本件角パイプを本件建物の外壁に立て掛けた際には、周囲は無人ではなく、近くで原告ら作業員がブロック塀の築造工事に従事していることを容易に認識できる状況にあったのであるから、博雄としては、立て掛ける位置・方法等について十分配慮し、右状況下で通常予測される外力が加わっても転倒しないだけの適切な措置を講じて本件角パイプを立て掛けるか、ただちにそのような措置を講ずることが困難であるならば、右パイプを立て掛けるようなことはしないで、横にしたまま地上に置いてその場を離れるようにし、もって、これが人体に当たって傷害を負わせるような事故が発生することを未然に防止すべき注意義務があったものといわなければならない。しかるに、前記3で認定したごとく、同人は、なんら適切な措置を講ずることもなく、単に本件角パイプの下部を地上に置き、上部を本件建物の外壁若しくはそこに付属する設備に寄りかからせるだけという仕方でこれを立て掛けたものであるから博雄に右注意義務を怠った過失があることは明らかというべきである。

四  請求原因4の各事実関係は原告と被告藤川との間において争いのないところ、右事実によれば、博雄は被告藤川の被用者であり、博雄は被告藤川の事業の執行に付き本件事故を惹起したものというべきであるから、被告藤川はこれによって被った原告の損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

五  しかして、原告は、被告福山建設も右損害の賠償責任を負うべきであると主張するので、さらにこの点について検討することとする。

被告福山建設と博雄との間に雇傭契約その他の法律関係が存在することはなんら原告の主張立証しないところであるが、たとえ右のような法律関係が存在しない場合であっても、被告福山建設とその請負人である被告藤川との間に使用者と被用者との関係又はこれと同視しうる関係があり、かつ、被告藤川の被用者である博雄に対し直接間接に被告福山建設の指揮監督関係が及んでいるときには、博雄の行為は被告福山建設の事業の執行につきなされたものとして被告福山建設は博雄の不法行為につき民法七一五条の責に任ずべきものと解することができるので、このような観点から、被告福山建設と被告藤川及び博雄との関係をみてみるに、被告福山建設が本件建物へのサンデッキ取付工事を被告藤川に注文し、被告藤川がこれを請負ったこと、被告福山建設が、右工事現場に「現場主任」として同社の従業員を派遣していたことはいずれも当事者間に争いのないところ、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告福山建設は、いわゆる建売住宅の建築・販売を業とする会社であるが、右建売住宅については、直接自社で建築工事を施行することなく、基礎工事、木工工事、左官工事、サンデッキ金物工事等多数の工事に分けてこれを二〇数名の業者に発注し、みずからはその工程を管理するだけで実際の工事はこれを請負った業者に施行させるという業務形態を採っているものであり、本件建物も右のような業務形態により建築されていたもので、被告藤川は右の各工事のうちサンデッキ金物工事を請負って施行していたものである。

2  被告福山建設から各請負業者に対しては、同被告作成の工事共通仕様書が配付されていたが、同仕様書のサンデッキ金物工事に関する部分には、右サンデッキ金物工事につき、被告福山建設から工事現場に派遣される前記「現場主任」の職務内容は、工事着手前に請負人と資材の搬入時期と置場の打合せをし、工事完了後には検査を行なうこと及び寸法納りに問題があるときには請負人の申出に従いこれと打合せをすることである旨の記載があり、また、実際上も、被告福山建設の「現場主任」は、工事が設計図面どおり施行されているか否かについて検査・管理することをその仕事の内容としており、工事の進行中それぞれの請負業者の職人らからの相談に応じて適宜指示を与えることはあっても、自ら積極的に工事内容等について指揮しこれを監督するようなことはなかった。

3  本件建物の工事現場に派遣されていた被告福山建設の「現場主任」は二名であったが、同被告の現場工事事務所のごときものは設置されておらず、ただ現場を見回って工事の進捗状況を監視するだけであり、また、博雄と「現場主任」との接触も工程についての打合せ程度のことにとどまっていた。

しかして、以上認定のとおりの事実関係によっては、被告福山建設と請負人である被告藤川との間に使用者と被用者との関係と同視しうる関係があり、かつ被告福山建設が「現場主任」を通じ博雄に対し直接間接の指揮監督関係を及ぼしているものとは未だ推認することはできず、したがって、被告福山建設が博雄の不法行為につき民法七一五条の責に任ずべきものと解することもできないといわなければならない。

六  被告藤川の抗弁(示談解決)について考えるに、原告が本件事故後、見舞金として五万円、破損した眼鏡代として三万円を被告藤川から受領したことは当事者間に争いがないが、その際、原告が同被告との間でその余の本件損害賠償請求権を放棄する旨の合意をしたとの点についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

七  そこで、以下、損害の額について検討する。

1  休業損害

《証拠省略》によれば、原告は昭和四七年ころから造園業を営む訴外尾崎清に雇傭されて、ブロック積、石積、植木の剪定等の仕事に従事し、本件事故直前の一年間には、一か月平均一五万七〇〇〇円の賃金を得ていたが、本件事故による受傷のため、事故後二七か月間にわたって休業し、その間の賃金合計四二三万九〇〇〇円を得ることができなくなったことが認められる。しかし、一方右証拠によれば、原告は、事故直後においては週四日間ほど通院し、その後昭和五六年五、六月ころまでは、ほぼ隔日に午前中通院するだけで午後は自宅で特に何をするということもなくテレビなどを見て過し、時折激しい頭痛に見舞われることもあったが、その後は、月に一、二回通院する程度であったことが認められるのであってこれらの事実や昭和五五年五月二四日の前記症状固定時点において原告の労働能力が後にみるとおり八〇パーセント以上回復していたことなどから考えると、右二七か月の休業期間全部を通じて原告の労働能力が一〇〇パーセント失われ、就労することが全く不可能であったものと認めることは困難であり、右認定の諸般の事情を勘案すれば、右期間を通じての労働能力の喪失は、平均すると、事故前の状態の三分の二程度であったと認めるのが相当である。そうすると、前記休業損害のうち本件事故と相当因果関係に立つ損害の額は、金二八二万六〇〇〇円であるというべきである。

2  後遺症による逸失利益

前記認定のとおり、原告は本件事故に基づく後遺症として外傷性頸部症候群等の障害を残すこととなったが、右後遺症の程度が労働者災害補償保険法施行規則一四条別表一身体障害等級表一二級一二号に該当すること、その他前記認定の諸般の事情を総合して判断すると、昭和五五年五月二四日以降における原告の労働能力は、その一四パーセントが失われたものと認めるのが相当であり、かつ、以後五年間はなお労働が可能であると認めることができる。しかして、前認定のとおり、本件事故前一年間の原告の平均賃金は月額一五万七〇〇〇円であるから、右賃金月額を基礎として計算すれば、原告が稼働可能なその後の五年間(昭和六〇年五月二三日まで)に喪失すべき収入の総額は一三一万八八〇〇円となる。

3  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、それに基づく受傷、後遺症の程度その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故により原告が被った精神的・肉体的苦痛を慰藉すべき慰藉料の額としては金五〇万円が相当である。

4  損害の填補

《証拠省略》によれば、原告は、労働者災害補償保険法に基づく昭和五五年五月二二日までの休業補償として金二六二万〇九三六円の給付を受けたことが認められるところ、右給付によって前記休業損害がその限度において填補されたものと解することができるから、休業損害の額からこれを控除すべきものであり、また右証拠によれば、原告は同法に基づく障害補償一時金として金九九万二八〇二円の給付を受けたことが認められるところ、右給付によって前記後遺症逸失利益がその限度において填補されたものと解することができるから、後遺症逸失利益の額からこれを控除すべきものである(なお、右証拠によれば、原告は、同法に基づく昭和五五年五月二二日までの休業特別支給金として金八七万三三七三円の、障害特別支給金として金二〇万円の給付をそれぞれ受けたことが認められるが、これらの給付金は損害の填補を目的とするものではなく、労働福祉事業の一環として給付されるものであるから、損害額からこれを控除するのは相当でない)、したがって、右控除後の損害額は合計五三万一〇六二円となる。

5  弁護士費用

《証拠省略》によれば、原告は、昭和五六年ころ、原告の訴訟代理人に本件の処理を委任し、費用及び相当額の報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の性質、認容額その他諸般の事情に鑑みると、被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の賠償額としては金一〇万円が相当である。

八  結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は、被告藤川勝二に対し金一一三万一〇六二円及び内金一〇三万一〇六二円に対する弁済期である昭和五三年二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、被告藤川に対するその余の請求及び被告福山建設に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 小原春夫 大須賀滋)

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